広島と廣島とヒロシマ


広島市というのは、中国地方の一経済都市です。今は平和都市だと言われていますが、第2次世界大戦が終わるまでは、日清・日露戦争の時に大本営が置かれた軍都として、当時も各地の修学旅行生を集めていたようです。
今はもう無くなったのですが、JRに宇品線という広島駅から宇品港を結ぶ支線がありました。これもその名残です。

「ノーモア ヒロシマ」という言葉があります。これは一般には「広島の悲劇を繰り返すな」という意味で使われているようですが、「ノーモア ヒバクシャ」という言葉も同じように使われています。
欧州では Euroshima という造語があるようで、ヨーロッパで広島の惨劇を繰り返すなという意味で使われているようです。
このノーモア** という言葉、「もう繰り返すな!」という意味もありますが、「**はごめんだ!」という意味も含みます。「広島みたいな事になるのはごめんだ!」「被爆者なんてごめんだ!」という意味も裏には在るようです。
悲しいことですが、当事者でない限り、この惨劇は平和を叫ぶ人々には対岸の火事なのでしょう。

一般のマスコミもそうなのですが、どうしてわざわざ「ヒロシマ」とか「ヒバクシャ」と書くのでしょう?
まさか、カタカナで書くことで国際的だと思うほど浅はかではないと思うのですが、現実に私の家は爆心地から直線距離で980メートルの場所にあります。叔父(父の兄)はこの爆撃で亡くなり、父は焼け野原の中から寺を維持し、一人の人間として精一杯頑張った後に、その惨劇をもう記憶から消してもいいと自身で思い始めた54年後に被曝を原因とする白血病でその生を終えました。

なぜ「被爆者」ではなく「ヒバクシャ」と書くのでしょうか。
チェルノブイリの原発事故、各国の核実験の2次被害に遭った人たち、原子力発電所のメンテナンスに関わっている人たち、知らない間に劣化ウラン弾を扱い被曝した兵士たち、放射線技師の方々、最近では東海村での臨界事故、決して遠い昔の話ではありません。

「ヒバクシャ」と表記する事に何か意図があるのでしょうか。
現在は、被爆者手帳を持つことで医療費控除が適用されます。しかし昭和20〜30年代ではそれを持っている被爆者であることがわかっただけで就職・結婚で明かな差別がありました。そのために被曝したことをひた隠しにしていた時代もあります。
核兵器によって被曝する事が後年どのような影響を及ぼすのか、2世3世に遺伝的影響はあるのか、これらすべてがまだ明解な回答を得ていません。未知であるから可能性として人は「ヒバクシャ」を特別なものとして扱います。被爆者差別は決していまだ消えてはいません。
「原爆だからしょうがないねぇ・・・」と皆口にします。実際に遭っていない人たちが、自宅が焼失しなかった地域の人がそう言います。
そういう目に耐えながら皆口をつぐんで戦後を支えて来たのです。皆いつか発病するかもしれないという不安と闘いながら、今も精一杯生きています。
それが対岸の火事に過ぎない人は、それを簡単に口にし、平和を歌い上げます。
彼らにとっては、「ヒバクシャ」であり、私たちは「ヒバクニセイ」なのでしょう。

日本の都市名で、カタカナ表記をする場所はないはずです。
何故広島ではなくヒロシマか 何故被爆者ではなくヒバクシャなのか。
その真意に、浮かんでくる蔑視を私たちは見逃すことができません。
6日の8時15分(爆発の時間です)に原爆ドームの前で寝ころんで、死没者の真似をする。彼らには平和への祈りをこめたパフォーマンスなのかもしれませんが、これは死没者への愚弄です。

余所から平和を願って集まって来られる人々には、平和の為のイベントなのでしょうが、旧市内(焼け野原になった地域)の者には、大勢の人が亡くなられた日なのです。

外国の人に伝えるなら「Hiroshima」ではないのでしょうか。
中国や香港の空港には「廣嶋」などと書かれています。

死体ごっこや怒号やウォーキングでしか、平和は祈れないのでしょうか。
知らなくていい世代には伝えない方が良い、そう思って口をつぐんでいた人は大勢いらっしゃいます。父も晩年酔ったときにかすかに口にすることがありましたが、決して人には言いませんでした。それが50回忌法要を終え、黙っていては忘れ去られてしまう大切なことがある、そう思って父は小学生達にその事を少し話すようになっていました。

「原爆だけが悪いのではない、戦争することがいけないのだ」父は常々そう言っておりました。

広島上空で撃墜され脱出した米軍パイロットが相生橋で電柱にくくりつけられリンチに遭っていた事、最近まで米国政府は捕虜として広島に拘留されていた米兵が原爆で亡くなった事を隠していました。
韓国の王朝の末裔の方が日本の士官学校を出られ、広島で亡くなられた事。
被災した家屋へ大八車を引いて火事場泥棒に来た人々、火傷を負った人の身ぐるみをはがしていく人、それらをすべて背負って、いや、ここでは口に出来ないような事もすべて背負って広島旧市内の人間は頑張って来たのです。その人たちに「ヒバクシャ」等と言えますか?

戦争を起こすのも、核兵器を使用するのも、私たち人間です。
平和平和と祈る前に、平和についてもっと頭で考えないといけない時期になっているような気がしています。



2000/08/06

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